2019.07.18株式会社岩清視察

今回は株式会社岩清に視察に行かせていただきました。岩清の歴史は古く、なんと1832年(天保3年)創業で現在は7代目に至っています。明治元年から鰹の加工の裏作として、鯖の加工を始めたそうです。

岩清の主な業務は3本あって、1つは京都や大阪などへ鯖寿司の原料として塩鯖を出荷しています。2つ目は小売り事業ということで、しめさば、鯖の粕漬け、麹漬けの鯖商品のほかに、カツオの塩辛やイカの白づくりなども作られています。3つ目は保税事業です。自社冷蔵庫を持ち、国外の輸入品や塩鯖などの自社製品、焼津・大井川地方の工場の原料(鰹節や黒はんぺんの原料)、水産物を保管するこの地域に欠かせない冷蔵機能を担っています。

取締役の岩崎智子さんに本店を案内していただきました。本社は大正時代の長屋づくりの建物です。

本店では鯖関連の商品がショーケースに置かれ、販売されていました。しめ鯖や鯖の粕漬、麴漬けなどの他にも、サバマリネードなど洋風な商品もあります。鯖の新たな可能性を見出した「鯖DELI」という「パンと合う鯖のデリカッセン」のシリーズは様々なメディアで特集され人気があるようです。

岩清さんはなんと15品もの鯖関連商品があるそうです。他社の製品が鯖缶、しめ鯖にとどまるのに対して、これだけの数の開発力はすごいですね。鯖は足が速いため、加工がとても大変で技術がいるものだそうですから、様々な加工法に対応できるのは岩清さんならではの強みですね。

本店の加工場に案内していただきました。現在本店に併設されている加工場で作られている商品は「かつおの塩辛」のみです。それ以外の製品は大量の鯖を扱うことができる、近くの自社工場で加工が行われています。かつおの塩辛の発酵は6か月かかります。昔は常温で発酵させていましたが、昔とは違う温度の高い気候に対応して、現在は本店の冷蔵庫の中に塩辛の入った木樽を置き、木の棒を使って、毎日攪拌作業を繰り返します。

鰹の塩辛の入った木樽と攪拌作業で使う木の棒です。

ここで木樽というのがポイントだそうです。木樽には長年の良い菌が付着しているようで、そのおかげで発酵が進みます。プラスチックの容器では塩辛は腐ってしまうということでした。社長自ら塩辛の発酵の様子を見るために、こうして本店に冷蔵庫を置き、品質を管理しているそうです。

本社には歴史的な蔵が置かれていました。来月の8月2日から4日にかけて焼津市の浜通りで開かれる「夏のあかり展」ではこの蔵がライトアップされる企画も行われるようです。岩清本店のある浜通りは情緒のある街並みです。あかり展でぜひ情緒ある浜通りの風景を味わいたいと思いました。蔵は昔、実際に使われていたようです。

蔵の前には川が流れていました。堀川と言って、材木問屋が材木を運ぶのに使われていたようです。いつからかこの川も海からの水産資源を運ぶ機能を担うようになり、焼津の流通を支えてきたのでしょうね。

続いて本店の近くにある加工工場を案内していただきました。

こちらが加工工場です。会社名の上の記号は岩清さんの屋号です。「一鱗 うろこ一つも大切にする精神」という意味があるようです。

工場の加工場の様子です。

多いときは1日に1トン近い鯖を加工場にいる7人の職人さんで仕入れた鯖の解凍、捌き、塩ふり、運搬の一連の作業を行っているということでした。見学日の鯖の加工は午前中に終わってしまったということで、鯖の捌き方が分かる映像を見せていただきました。岩清さんは「背切り」という手法にこだわっているそうです。背切りは通常のフィーレにするために使われる「腹切り」の手法とは違い、背から包丁を入れて捌く方法です。

「背切り」は腹切りと違うメリットがあり、内臓を傷つけることがないため臭みが少なく、鮮度が保たれます。この「背切り」の技術は機械ではできない手仕事がなす職人技ということでした。映像中の職人の方のお話では、「覚えるのに5年、慣れるのにそれから2,3年」ということでした。「一生勉強」というお言葉もありましたが、大きさも形も違う1つ1つの鯖の素材を生かす手作業の技術の難しさと尊さを感じました。この難しい背切りの手法で職人さん1人あたり500匹の鯖を加工することもあるようです。まさに職人技ですね。背切りは鯖の鮮度がより保たれる切り方であり、お客様により良い安全なものを届けるための努力からくるものだと実感しました。

鮮度の追及には仕入れも大切ということでした。鯖は鮮度の落ちが速いということで目利きが重要です。7代目のただしさんが小川港で直接目利きしたものを仕入れているということでした。時には実際に腹を開けて、鯖が何を食べているか実際に確認することもあるそうです。小川で上がる鯖は脂が薄く身本来のさっぱりとした味が特徴だということです。岩清で加工されるのは100%国内産の鯖です。ゴマ鯖の100%、平鯖の70%が小川港のものを使っているということでした。平鯖(マサバ)の漁期は1~5月であるため、それ以外の時期は銚子や紀州の鯖を仕入れているそうです。

岩清の加工工場からは小川港がすぐ近くに見えます。岩清のこだわりは「小川港であがった鯖をせりで買い付けること」にあります。

こうして小川港で水揚げされた鯖を岩清が加工し、鯖寿司、金沢のへしこの原料として関西地方にとどまらず、北陸地方に出荷されていきます。岩清を含めた焼津の5社で関西地方に出荷される鯖寿司の原料となる塩鯖のおよそ8割を占めているそうです。関西地方で売られている鯖寿司の原料は焼津で獲れ、岩清によって加工された塩鯖かもしれないのですね。岩清の技術あってこその鯖寿司とも言えますね。

また塩鯖の出荷以外にも、焼津で加工される黒はんぺんの原料の80%を当社が担っているということでした。原料となる鯖は黒はんぺん屋で捌かれ、加工されるわけではなく、当社で捌かれたものが原料として出荷されているそうです。智子さんは「小さい会社ではあるが、原料で黒はんぺんを下支えしている」とお話ししていました。

小川港で水揚げされる鯖のほとんどを当社が買い付けている状況だそうです。小川港の鯖の相場は1.2倍と高いため他の業者は石巻や九州から買い付けているところも多いということでした。近年の鯖缶ブームで価格が高騰しているというお話でしたが、鯖は将来的にも枯渇の心配が少ない潜在資源だということです。智子さんは鯖の魅力として「体に良いことは確か、まだ国内で獲れる資源であるし、その豊富さから生産の調整が効きやすい」ということを挙げられていました。

実は日本人の食文化の変化により、鯖寿司の原料となる塩鯖の出荷も減ってきています。岩清では小川港の鯖の需要を消滅させないためにも、塩鯖以外の鯖関連商品の開発に力を注いでいるようです。現在も鯖関連商品で15品あるということでしたが、商品開発のたゆまぬ努力と小川港のせりで買い付けるこだわりが、焼津、そして日本の貴重な資源である小川港の発展と存続につながっていくのですね。

加工工場には加工場の他に調理場もあり、そちらも案内していただきました。

調理場の写真です。安全性には細心の注意を払い、加工場とは完全に隔離されています。

自動温度管理など最新の調理器具、最新のシステムや機械を工場に置くことについても積極的だということです。智子さんは「IOT化は必須であると考えている。ただ鯖を切っていればいいという時代は終わった。常に勉強である。」とお話しされていました。最新機器の導入は高くても、「お客様の安全に代えられるものはない」という全社員一致の方針を基に、常に新しい知見を勉強されているということでした。

加工工場から移動し、焼津市内にある少し離れた保税冷蔵庫に案内していただきました。

 昭和53年から保税の免許を取得し、肉や魚といった海外からの輸入品を国内に流通させるための拠点の役割があるようです。こちらの冷蔵庫に占める保税品の割合は1割程度ということで、60%~70%が焼津・大井川地区などの周辺の他社の荷物である鰹節の原料やうなぎ、しらすなどの水産物が占めています。残りの20%が自社製品であるそうです。

もともとは自社の塩鯖の出荷の凍結のための拠点としてこちらの冷蔵庫を持ったようですが、地元の他社のニーズの広がりを受けて、様々な食品を扱うようになったそうです。地元を下支えする重要な拠点でもあるのですね。

近くに自社の工場を持つことで、トレーサビリティを構築することができ、食品の安全性に大きく貢献するということでした。

7代目のただしさんに冷蔵庫の中を案内していただきました。

今回の視察では岩清さんの鯖にかける情熱を大いに感じることができました。足が速く扱うのが難しい鯖を加工する手仕事の技術は本当に貴重なものです。屋号が意味する「一鱗も大切にする」という精神のもと、真摯に鯖に向き合う職人さんがいてこその商品開発力なのだと分かりました。その匠の技術が日本全国の鯖製品の流通を支えています。こうした伝統の技術と商品開発力が融合し、地域の重要な資源である小川港が守られ、発展していくのだと分かりました。

帰りに新商品である「鯖ラーメン」をいただきました。鯖のうまみが感じられる麺とスープで、とてもおいしくいただきました。鯖を贅沢に感じられる一杯でした。皆様もぜひお試しください。

2019年7月18日

福祉心理学科4年 原田さゆり